[DVD] 日本の蒸機 3
商品番号 SD000004
価格(税込) 2,100 円
ホビダスNo 51668996
鉄道映像のパイオニア 畑暉男(はたあきお)撮影・責任編集
日本の蒸気機関車の貴重な8ミリ映像が満載!鉄道ファン必見のDVD シリーズ第3弾

●撮影・編集:はたあきお 
●制作:Studio Depot 
●ジャケットデザイン:松永 直美 
●本編52分
提供:Studio Depot
[映像内容] ■北国のD52 昭和44年2月  函館本線はC62の重速であまりにも有名だが、函館(五稜郭)-長万部間はこの時期(昭和43年頃)唯一のD52の運転区だった。貨物列車が主力だったがほとんどの列車が重量列車のため迫力は抜群だった。しかしC62に目がいってD52のムーヴィーはきわめて少ない。昭和41年8月以降、仁山超えのバイパスとなる藤城線(七尾-大沼)が開通して山越えの力闘が見られなくなった。映像はその3年後のもの。しかし五稜郭機関区に並ぶD52の一群は訪れた者を圧倒する。その扇形庫も45年6月に家事で全焼。再建されないままで47年9月に全車廃車を迎えた。 ■奥中山 昭和43年2月 東北本線・沼宮内-一戸間の三重連は昭和34年9月のダイヤ改正で、1000トン貨物の運転が開始された時からである。それまでも大半の列車は貨客にかかわらず補機をつけていた。中でも東北本線で唯一の単線区間であった御堂-奥中山中は最高所の十三本木峠を南北にわけ23.8バーミルの長い上り下りがあり、ファンの間に高い人気をもっていた。しかし東北本線全線電化の計画はほぼ予定どおり進み、41年頃よりポールが立ち並び、43年10月1日には全線複線電化され、この他のすべてのSLが姿を消した。映像はこの地最後の雪景色で5月からはDLが入線しはじめた。 ■1080 日鉄鉱業 昭和42年12月 1080は明治期に東海道本線を走った機関車。1900年イギリスのダブス社製だがネルソンの愛称で親しまれた。大正期にタンク機関車に改造1070形式の1080となり、昭和15年に日鉄鉱業に払い下げられた。40年代にはほとんど運用されることはなかったが、ファンの要望にこたえてしばしば運転会が催された。 ■C56/小海線 昭和43年・44年8月 中央線の小淵沢から信越本線の小諸までを結ぶ高原を走る小海線。東京から最も近いSL撮影地としてにぎわった場所でもある。その上、小淵沢-信濃川上間は、名山が目白押しで、雄大な山々をバックに撮ってみたいと思うのは当然かもしれない。本州ではわりと遅い無煙化で49年の12月。 ■日豊線のC57 昭和48年4月 この作品を撮影した48年4月は、国鉄のSLが1000両をわり、本州のSLがほとんど姿を消した時期でもあった。そんな中で日豊線の宮崎以南はC57の舞台であった。ここでのC57は貨物列車の牽引も多かったが、門デフと呼ばれた小型の煙よけをつけたC57の走る姿はこの地がいちばん似合った。 ■幌内線 三笠 昭和50年6月 JRグループが誕生した昭和62年の7月。北海道の岩見沢-幾春別 18.1キロと貨物専用区間三笠-幌内2.7キロが廃止となった。この短い分岐線で活躍していたのが9600.三笠には全国でも珍しい手押し式ターンテーブルがあり、のんびりした風景をかもしだしていた。そう、幌内は明治15年に幌内鉄道が開業された北海道で最も古い駅だったのである。だが、昭和47年11月一般駅から貨物駅となり石炭産業の斜陽化で消えたのだった。