[DVD] 台湾の鉄道
商品番号 SD000003
価格(税込) 2,100 円
ホビダスNo 51668995
鉄道映像のパイオニア 畑暉男(はたあきお)撮影・責任編集 
台湾で活躍した日本の蒸機 C55、C57、D51、9600阿里山森林鉄道のシェイの名場面を満載

●撮影・編集:はたあきお 
●制作:Studio Depot 
●壮丁:えんどうなぎ 
●本編61分
提供:Studio Depot
[映像内容]

■台湾国鉄の蒸気1970年(撮影 1968,70,72年(カラー12分) 登場機 D51(DT650)、9600(DT580)、C55(CT250)、C57(CT270)他 この時代の台湾は、臨戦体制下にあり、外国人の入国に厳しい制限が設けられていた。日本の新聞・週刊誌は持ち込み禁止、撮影も観光地以外はNGだった。もちろん、鉄道は軍事施設とみなされていた。基隆(キールン)~高雄(カオシュン)間の旅客列車は全てDLで、蒸気は彰化以南のローカル線や貨物に多用されていた。特筆すべきは、1966年に登場した光華号で、台北~高雄間を4時間10分で走るステンレスDC(東急車輛製)で8両編成で運転されていた。DL優等列車でも勾配がきつい区間は、C55の後補機付いていた。

■雨の羅東森林鉄道 1972年6月(カラー5分) 羅東森林鉄道は、太平山からの木材切り出しのために開通した台湾第二の森林鉄道。阿里山森林鉄道同様、762ミリゲージの鉄道だが、60年代後半に木材の切り出しはほぼ終了、79年8月に廃止された。

■3.5トンの機関車(カラー8分) 1968年11月、カラー8分) 基隆(キールン)に存在した610ミリゲージ鉄道。3.5トンと6トンの機関車が7両あり、近くに人車軌道が4キロあったのは、当時驚きであった。開業は、1938年。廃止は、はっきりしないが、1979年頃だろう。

■小さな働きもの(台糠線)(1971年カラー9分) 嘉義・北港・虎尾・梺頭  北回帰線を中心に南北に延びる精糖会社の路線は、3,000キロにおよぶ。762mmゲージの路線だけでも600キロを超え、機関車の保有台数も300両に達した。だが、精糖も台湾の重要産業の一つとあって、営業内容は、ヴェールに包まれたまま、80年代初頭に営業路線が廃止になった。この映像は、その最盛期の機関車の姿である。

■林場線を行く (1971年3月 カラー14分) 阿里山森林鉄道林場線 標高2,467mの阿里山を起点にさらに上に登る林場線が2つあった。眠月方面に行く塔山線(現・祝山線)と新高山登り口へ向かう夛夛呵線がそれで、いずれも旅客扱いはない。当時も不定期運用だが、朝4時30分~5時が常だった。新高口へは入山許可があるもののみ乗車することが許された。1978年に新阿里山駅が出来た頃からSLがなくなり、阿里山鉄道は大きく変貌する。

■阿里山行第51列車 (1968年4月 カラー13分) 阿里山森林鉄道 北門・竹橋・阿里山 1969年まであった嘉義(チアイー)~阿里山を結ぶ貨客混合唯一の蒸気列車北門で機関車を20トンシェイ機に替え、9時30分出発、阿里山には14時53分に付く(下りは10時10分発、嘉義15着)。ちなみにDC特快「中興号」は朝8時に嘉義を出て阿里山に11時40分に着く。なお、この鉄道は熱帯・温帯・寒帯を抜ける世界でも例を見ない沿線である。